| ご質問の内容は、実は咬合論に関する問題で、古くから長くそしてこれからも議論の続く、歯科医学の究極的な課題といっても過言ではない事柄です。それを説明するにはまず解剖学から入る必要があり、加えて専門用語の解説が陸続と必要なこともあって、一般の方に短く解りやすく説明するのはまず無理とご理解ください。 そのうえで、咬合を専門科目とする教授や専門医らが執筆した専門書から、その序文の一部を、少し長いのですが(勝手に)抜粋して下に引用します。 『用語ならびに考え方についてはできるだけ統一するよう心掛けたが,現時点では統一しきれないものが幾つか残った.その中の一つに中心位(セントリックリレーション)という用語で表される下顎位がある.この用語は,顎関節における関節窩と下顎頭との位置関係に注目して上下顎の顎間関係を規定する言葉で,アメリカ補綴歯科学会用語委員会は,かつては「下顎頭が関節窩の後上方にある位置」と定義していた. この位置で下顎がほぼ純粋な回転運動をすることができることから,“蝶番軸(ヒンジアキシス)を参照して模型を咬合器に装着し,補綴的に咬合再構成をする”というナソロジー学派の術式は広く世界に普及した. しかし,この下顎位で行った咬合治療のその後の経過に対する反省や種々の研究から,適正な咬頭嵌合位としての下顎位はそれよりやや前方であることが明らかになり,最新の用語集では,関節窩に対する下顎頭の位置は,かつての後上方から前上方へと修正され,セントリックリレーションはわが国の「顆頭安定位」(顆頭が関節窩のなかで無理なく最も安定する位置)と同様の顎間関係となった. しかし,同じ用語であるにもかかわらずその内容が大きく変わったためか,セントリックリレーションという用語や,それに対応して用いられるセントリックオクルージョン(中心咬合位)という咬合位を示す用語は使われなくなる傾向にある. これに対し,わが国では“中心位”を下顎後退位と理解し,この下顎位が適正な咬頭嵌合位(=中心咬合位)に対応する下顎位ではないとする考え方が従来からあり,その人達は日本語の中心位の概念を変える必要性を感じていない.一方,日本語の中心位をアメリカ補綴歯科学会用語委員会の歯科補綴学用語集(第5版)の定義に従い使用している方もいるので,本書では出典をつけるなどして,どちらの意味で使用しているのかを明示する努力をした.この点については読者におかれても注意をお願いしたい.』 以上が引用の部分ですが、少し説明を加えますと、咬合とはつまり顎関節のあり方のことであって、顎関節とは、下顎の両端(ここを解剖学的には下顎頭、咬合論上は顆頭)と、頭蓋骨にある窪み(関節窩)との組み合わせで構成される関節をいいます。 下顎頭の関節窩における位置関係によって、中心位(セントリックリレーション CR)、中心咬合位(セントリックオクルージョン CR、咬頭嵌合位と同義)、顆頭安定位などの用語が定義されています。 咬合論は学派によって考えが異なるところがあり、日本では文中にあるナソロジー学派が広く信奉されてきた経緯がありますが、近年では、顎位のあり方は<かつての後上方から前上方へと修正され>、顆頭安定位(顆頭が関節窩のなかで無理なく最も安定する位置)をCR(中心位)とする考えが主流となっています。
難解な前書きがだいぶ長くなりましたが、ご質問への回答としては、かこさんの顆頭安定位をキチンと把握するために、もし近くに歯科大学があれば<補綴科(ほてつか)>を受診され(最近は診療科名が複雑になって分かりにくくなっていますが補綴科で大丈夫です)、顎位の検査を受けられるのがいいと思います。 何が問題か問題でないか、そしてそれに対しては再矯正か別の処置かなど、かこさんのお知りになりたい点について、適切なアドバイスが受けられるはずです。なお、文面からは推測すると、かこさんの感覚どおり前歯部の仕上げ(専門的には前歯誘導)に問題があり、その再治療が必要という印象は受けます。
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