HOME >  医院案内 >  症例紹介 >  症例紹介43/Fさん「上突咬合 叢生歯列弓 下後退顎」

症例紹介43/Fさん「上突咬合 叢生歯列弓 下後退顎」

BACK

成人の叢生を伴う上顎前突症例
診断名:上突咬合 叢生歯列弓 下後退顎

今回は、幼少期より歯並びの異常を気にされていたものの治療する機会に恵まれず、成人になって矯正治療を開始したFさんの症例について解説します。

■初診時

現症および主訴

Fさんは幼少の頃から前歯が突出していた事、成人になってからさらに歯がみがきにくくなってきている事を気にされて当院の矯正歯科を受診されました。初診時年齢32歳。

顔貌所見

正貌において顔貌の顕著な左右非対称性は認めませんでした。側貌において口唇の顕著な突出感を認め、オトガイ部の後退感は強く口唇閉鎖時にオトガイ部軟組織の緊張感を認めました。

口腔内所見

上下顎前歯の前後的なズレを現すオーバージェットが大きく約6mm、前歯部の叢生を認めました。一般歯科的問題点として、小臼歯から大臼歯にかけて金属の修復物であるインレーが装着されており、全顎的な歯肉の腫脹と発赤を認めました。

X線写真所見

セファロ(頭部X線写真線規格写真)において上下顎骨の前後的ズレを示すANBは+7°、下顎骨の下方への回転を示すFMAは33°を示し、下顎後退型の骨格的な上顎前突の傾向を認めました。また上顎前歯は唇側に傾斜し、上唇が短く下唇が引き上げられながら口唇が閉鎖している事を確認出来ました。パノラマX線写真において上下顎左右第3大臼歯(8番:親知らず)が存在していることが確認出来ました。デンタルX線写真では歯槽骨の軽度吸収を認めました。

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、唾液の分泌量は5mlでやや少なく、緩衝能は低く、みがき残しが多いこと、フッ素が使用されていないことでむし歯のリスクは高い傾向を認めました。歯周病のリスクも高く、4mm以上の歯周ポケットは1.8%で第2大臼歯(7番)の奥側(遠心)にのみでしたが、全顎的に歯肉からの出血(歯肉炎)を認めBOPは66%に認めました。

■治療方針

MTMの診療プロセスに則り、初期治療により歯のみがき残し、歯肉炎の改善を行ない、その後、矯正治療を開始する事ととしました。その結果、PCRは15.2%に減少し、4mm以上の歯周ポケットは0%になり、BOPも10.1%になりました。

矯正治療の方針としては、上下顎骨のズレが大きく上顎前歯を最大限に後退させる必要があると考え、抜歯部位を上顎左右4番、下顎左右5番、上顎大臼歯の加強固定として歯科矯正用アンカースクリューを使用する方針としました。上顎の親知らず(8番)は動的治療開始後に抜歯する事としました。

■動的療開始時

上下顎に唇側から矯正装置を装着しました。

歯科矯正用アンカースクリュー使用時

■ 動的治療終了時

顔貌・口腔内所見

側貌における口唇の突出感および口唇閉鎖時の緊張感は軽減しました。
口腔内所見において上下顎前歯の前後的なズレおよび叢生は改善され、臼歯関係もアングルI級で安定しました。

X線写真所見

動的治療後の評価では、パノラマX線写真において歯根平行性にあきらかな問題は認められませんでした。前歯部の根尖では歯根吸収による根尖の平坦化を認めました。下顎の親知らずは抜歯せずに動的治療を終了しました。セファロX線写真において上下顎前歯の後退による口唇の後退を認めました。上顎大臼歯の圧下による下顎骨の上方回転を認めました。

■ 動的治療前後の比較

■う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のリスク評価としてカリオグラムを行っています。カリオグラムは、歯科先進国スウェーデンのスウェーデン王立マルメ大学う蝕予防学教室のグンネル・ペターソン博士によって開発され、その予後の妥当性について多くの論文で評価されて信頼度の高いう蝕リスク診断プログラムです。

歯周病のリスク評価としてOHISを使用しています。OHISは歯科先進国アメリカのワシントン大学歯学部教授ロイ・C・ページ先生を中心とした歯周病専門医のグループによって開発されて歯周病のリスク診断プログラムです。

う蝕のリスク比較

う蝕のリスクは初診時「13」→動的治療終了時「5」とリスクが減少しました。また、カリオグラムによる1年以内にう蝕を避ける可能性は初診時「20%」→動的治療終了時「85%」と上昇(う蝕になるリスクは減少)しました。う蝕のリスクが大きく低下した理由として、ブラッシングの上達都歯のみがきやすい環境に変わった事でみがき残しが減少した事、家庭でのフッ素使用が定着した事、う蝕の原因菌(SM菌、LB菌)が減少した事が考えられました。

初診時カリオグラム

動的治療終了時カリオグラム

カリオグラムによる「う蝕を避ける可能性」の変化

*「う蝕を避ける可能性」は上昇しう蝕のリスクは減少している

歯周病のリスク比較

歯周病のリスクは初診時「9」→動的治療終了時「2」に変化し減少しましたが、OHISでは病状が初診時「5」→動的治療終了時「6」、リスクが初診時「3」→動的治療終了時「2」に減少しました。これは、歯肉からの出血、歯周ポケットが初診時より改善した事によるものと考えられました。

OHISでのリスク変化

PCR、BOP、4mm以上のポケットの比較

  •  PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
  •  BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
  • 4mm以上の歯周ポケット(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

■考察

Fさんの症例は、上顎前歯が唇側に傾斜する事で上唇ではなく下唇の突出感に影響を与えていました。従って上顎前歯を後退した事で上唇よりも下唇の後退量が大きくなりました。歯科矯正用アンカースクリューを使用する際に上顎歯列をやや上方に牽引するようにしたため、上顎歯列は圧下され下顎骨は上方に回転した事で下顔面骨格は短くなり口唇閉鎖時の緊張感も緩和されオトガイ部も明瞭になったと考えられました。

また、本症例の治療開始時期は本来であれば永久歯の萌出が完了し、上下顎骨の成長が安定した12〜15歳頃に矯正治療を行う事が理想的な症例でした。成人になってからでも叢生、上下顎前歯が後退して口唇の突出感や緊張感の改善は可能ですが、治療を開始するまでの期間に歯周病の進行を認め、軽度の歯槽骨吸収も起きてしまいました。その結果、矯正治療後にわずかな歯肉退縮を認めました。一方で、初期治療により、う蝕や歯周病のリスクを下げずに矯正治療を開始した場合には装置装着とともに歯がみがきにくくなり口腔衛生状態はさらに低下し、細菌の活動性は高まり、う蝕や歯周病が進行する可能性も十分に考えられ、MTMに則った治療プロセスの必要性を再確認できました。

BACK

永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。