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症例紹介37/Nさん「上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

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Nさん「上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

失活歯のため上顎第1大臼歯を抜歯した骨格性上顎前突症例
~保定終了まで~

診断名:上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎

今回は、成人の下顎劣成長を伴う上顎前突症例であるNさんの症例について動的治療開始前から保定終了まで解説します。本来であれば、上下顎左右の小臼歯と親知らずの抜歯で治療する事が望ましい症例でしたが、多数の失活歯(神経を取り除いた歯)および神経にとどくむし歯を持つ歯が矯正治療開始前より存在したために抜歯部位が変則的になった症例です。また、動的治療終了後の新しい噛み合わせにあわせて被せものなどをつくり直しも行いまたしたので保定終了までの経過を解説しました。

■初診時

現症および主訴

上顎前歯の突出感、前歯部の叢生(乱杭歯)の改善および口腔内の健康維持を主訴に来院されました。初診時29歳。

顔貌所見

正貌において顔貌の左右非対称性は認めず、側貌において口唇の突出感、口唇閉鎖時の口腔周囲軟組織の緊張感を認めました。

口腔内所見

臼歯関係はAngle class IIで上顎歯列に対して下顎歯列が後方に位置し、上顎歯列は狭窄し側方歯部の交叉咬合を認めました。上下顎前歯部には叢生を認めました。上顎は左右8番(親知らず)が完全に萌出している事から、上顎大臼歯の近心(前方)移動によりAngle class IIが強くなったと考えられました。

X線写真所見

側面頭部X線規格写真(セファロ)により、ANB+10°、FMA38°で上顎骨に対して下顎骨は後方に位置し下顎骨の劣成長を認め、下顎が後下方に回転しやすい傾向を認めました。パノラマX線写真では上下顎左右親知らず(下顎左右8番)の埋伏を認めました。すでに根管充填されている失活歯は上顎左側6番、下顎右側5番で根尖病巣も認めました。下顎右側4番は失活歯ですが根管治療がされていませんでした。その他にも多数のう蝕を認めました。

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、歯の磨き残しが多く、むし歯の原因菌であるミュータンス菌も多い傾向を認めましたが、口腔内の環境を中和する唾液の緩衝能は高く、分泌量も多いという結果から、むし歯のリスクは高いものの改善は可能と考えました。歯周病のリスクである歯肉からの出血は全顎的に認められ、下顎左側7番の遠心部には親知らずの影響による深い歯周ポケットを認めました。

■動的治療方針

初期治療による口腔衛生状態の改善、下顎右側4番の根管治療を始めとするむし歯の治療を行った後に動的治療(歯を動かす矯正治療)を開始する事としました。矯正治療方針は、主訴である前歯部の唇側傾斜による口唇の突出感、口唇閉鎖時の緊張感を改善、叢生の改善を目的とし、これらの原因は顎骨に対して歯が大きすぎる事であるため抜歯により顎骨内にスペースを確保してそのスペースにより叢生の改善をし、さらに残ったスペースを利用して前歯を後退させる方針としました。本来であれば上顎左右4番、下顎左右5番を抜歯して治療する方針でしたが、上顎左側6番が失活歯である事、上顎左右8番が萌出している事から上顎の抜歯部位は左右4番、6番、下顎は右側を失活歯である5番、左側を4番としました。下顎が回転する傾向を認める場合にはアンカースクリューにより大臼歯の挺出を抑制する事も視野に入れて動的治療を開始する事としました。動的治療期間は36ヵ月〜48ヵ月を想定しました。

■動的治療開始時

上顎左右6番は動的治療中に抜歯する事として、治療を開始しました。

抜歯した失活歯(下顎右側5番)

上顎左右6番抜歯時

■動的治療終了から保定終了時

動的治療期間

動的治療期間は予想よりも長い50ヵ月かかりましたが、途中来院できない期間などがあり、通院回数は42回でした。

動的治療後顔貌所見

動的治療後の評価では、治療計画通り抜歯スペースにより叢生の改善、上下顎前歯の後退により前歯が後退し口唇の突出感、口唇閉鎖時の緊張感は改善されました。下顎の回転による下顔面高の増加なども認められませんでした。

動的治療後口腔内所見

臼歯関係は上顎7番と下顎6番でAngle class Iとなり、側方歯の交叉咬合も改善されました。

X線写真所見

保定治療期間

的治療終了と同時に保定装置(リテーナー)を装着し保定治療を開始しました。保定治療期間は約24ヵ月でした。保定期間中にメインテナンスを行いながら補綴物(被せもの)の再製を行いました。保定期間中に、叢生や交叉咬合の後戻りは認められませんでした。

保定終了時顔貌所見

保定終了時口腔内所見

保定終了までのX線写真所見

動的治療後の評価では、パノラマX線写真において歯根の吸収や平行性にあきらかな問題は認められませんでした。セファロX線写真においても動的治療により下顎骨の回転は認められず、動的治療に伴い上顎前歯が後退し、その結果口唇が後退した事、 さらにこれらの変化が保定期間中にも安定している事が確認できました。

動的治療前後の比較

動的治療開始時




保定開始時




保定修了時




■う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のリスク評価としてカリオグラム、歯周病のリスク評価としてOHISを行っています。
カリオグラムは、歯科先進国スウェーデンのスウェーデン王立マルメ大学う蝕予防学教室のグンネル・ペターソン博士によって開発され、その予後の妥当性について多くの論文で評価されて信頼度の高いう蝕リスク診断プログラムです。OHISは歯科先進国アメリカのワシントン大学歯学部教授ロイ・C・ページ先生を中心とした歯周病専門医のグループによって開発されて歯周病のリスク診断プログラムです。これまで実際の臨床では使用していましたが、症例の解説の際にあわせて表示し、総合的なリスク判断を理解しやすくします。

う蝕のリスク比較

う蝕のリスクは動的治療開始時「10」→保定治療開始時「5」→保定終了時「7」と変化し、動的治療終了時にリスクが減少したものの保定終了時に上昇しましたがリスクが低い状態で安定しました。また、カリオグラムによる1年以内にう蝕を避ける可能性は動的治療開始時「23%」→保定治療開始時「69%」→保定終了時「85%」に上昇し、むし歯になりにくい口腔内の環境に変わりました。これは、歯の磨き残しが減少し、細菌が減少した事、歯科医院でのフッ素の使用が定期的に行われた事によるものと考えられました。

動的治療開始時カリオグラム

動的治療終了時カリオグラム

保定終了時カリオグラム

*う蝕を避ける可能性が上昇している事から、むし歯のリスクが減少している事が分かる

カリオグラムによる「う蝕を避ける可能性」の変化

歯周病のリスク比較

歯周病のリスクは動的治療開始時唾液検査「6」→保定治療開始時「5」→保定終了時「4」と減少しました。これは矯正治療開始前にあった歯肉からの出血や4ミリ以上のポケットが減少した事、定期的な来院によるメインテナンスを継続した事による効果と考えられました。

OHISによる歯周病リスクの変化

PCR、BOP、4mm以上のポケットの比較

PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)

BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)

4mm以上の歯周ポケット(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

■考察

Nさんは小学生の時より矯正歯科治療を行い歯並びの改善をしたかったものの、矯正治療を行えずに成人を迎えました。Nさんのように歯並びが悪く、むし歯や歯周病のリスクをメインテナンスによりコントロールしていないとむし歯や歯周病は進行し、治療を繰り返さなければならなくなり、やがて歯の寿命は短くなります。むし歯は進行すると歯の内部にある歯髄にまで感染が広がってしまうので、感染した歯髄を除去して樹脂を詰め密封し再感染を防ぐ根管治療をしなければなりません。しかし、根管治療をした歯は時間の経過とともに微小なすき間から感染が進んだり、歯根が破折して抜歯になるリスクが高いのです。したがってNさんの矯正治療では、失活歯を抜歯の対象として矯正治療を行ったのですが、そのために治療期間が通常の治療よりも長くなってしまいました。もし、歯並びを短期間でなおす事だけを考えた場合は、上顎は6番を抜歯せずに8番(親知らず)を抜歯した方が良いと思われますが、Nさんは口腔内を健康にしたいと考えている事、当院の診療理念が「歯を生涯にわたり守る」である事から動的治療期間は長くなってしまうものの失活歯の抜歯による矯正治療をおすすめしました。その結果、矯正治療開始前に比べむし歯と歯周病のリスクが減少し、きれいでよく噛める歯並びを手に入れる事が出来ました。悔やまれるのはNさんがむし歯になる前からメインテナンスを開始して、むし歯の進行を防ぎ、成長期に矯正治療を行っていればこれだけの長期にわたる治療ではなかっただろうと思われたことです。

矯正治療は、歯が動きやすいから成長期に行った方が良いだけでなく、歯並びが悪い状態をそのままにしておく事でむし歯や歯周病のリスクが高まり歯の寿命に大きな悪影響を及ぼしてしまうため、成長期に治療を開始した方が良いのです。成長期の矯正治療はリスクを高める事なくきれいな歯並びを手に入れて生涯にわたり歯を守る事が出来ます。

一方で、成人になってからでもNさんのように治療期間が長くなる事をご理解いただければ、歯を失うリスクの高い歯を抜歯して矯正治療を行い、その後の加齢変化による歯を失うリスクを減少させる事が出来るかもしれません。したがって成長期を過ぎたからと言って矯正治療を諦めるのではなく、成長期を過ぎた矯正治療は早めに治療を開始する事が重要なのです。

矯正治療は、生涯の中で早めに開始する事が効果も大きく負担も少なくなります。

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永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。