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症例紹介36/Hさん「上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

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失活歯のため下顎第1大臼歯を抜歯した上顎前突症例
初診時の診断:上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎

今回は、成人の下顎劣成長を伴う上顎前突症例であるHさんの症例について解説します。本来であれば、上下顎小臼歯の抜歯で治療する事が望ましい症例でしたが、下顎左側第1大臼歯に対して神経をとる処置が行われていた(失活歯)ため下顎の抜歯部位を第1大臼歯とした症例です。

※以下より画像をクリックすると大きい画像を見ることができます。

■初診時

現症および主訴

上顎前歯の突出感、前歯部の叢生(乱杭歯)、口元の突出感を主訴に来院されました。その他に気になる点として歯がしみる事を挙げられていました。初診時21歳。

顔貌所見

正貌において顔貌の左右非対称性は認めず、側貌において口唇の突出感、口唇閉鎖時の口腔周囲軟組織の緊張感を認めました。

口腔内所見

臼歯関係はAngle class IIで上顎歯列に対して下顎歯列が後方に位置する傾向を認めました。上下顎前歯部には叢生を認めました。

パノラマX線写真所見

側面頭部X線規格写真(セファロ)により、ANBは10度で上顎骨に対して下顎骨は後方に位置し下顎骨の劣成長を認めました。パノラマX線写真では上下顎左右親知らず(下顎左右8番)の埋伏を認めました。下顎左側6番には不十分な根管治療、歯の根の先に炎症による黒い影(根尖病巣)、歯肉の下に被せものの境目が位置して不潔になりやすい構造(歯肉縁下マージン)を認めました。

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、歯の磨き残しが多く、むし歯の原因菌であるミュータンス菌も多く、細菌により酸性に傾いた口腔内の環境を中和する唾液の緩衝能も低いという結果から、むし歯のリスクは高い傾向を認めました。歯周病のリスクである歯肉からの出血は上顎の口蓋側に認められました。

■動的治療方針

治療方針は、主訴である前歯部の唇側傾斜による口唇の突出感、口唇閉鎖時の緊張感を認める事から前歯を後退させ改善する必要があること、また叢生の原因は顎骨に対して歯が大きすぎる事であることから、抜歯により顎骨内にスペースを確保してそのスペースにより叢生の改善をし、さらに残ったスペースを利用して前歯を後退させる方針としました。

本来であれば上顎左右4番、下顎左右5番を抜歯して治療する事が理想的でしたが、下顎左側6番が失活歯である事、修復物と歯の境目(マージン)が歯肉縁下に設定されている事、マージンから歯槽骨頂(歯を支える骨)からの距離が1ミリしかない事、根管治療が不十分であり、根尖に透過像を認める事、う蝕リスクが高く、今後も2次う蝕の可能性が高い事など下顎左側6番を生涯にわたり保存する事は困難である可能性が高い事から、下記のように2方針を提示しメリットデメリットをご説明しました。

その結果、方針2を選択されましたが、可能な限り前歯を後退したいとの事で、さらにアンカースクリューと顎間ゴムを使用して上下顎前歯の後退を最大限にする方針としました。

方針1:上顎4番、下顎5番を抜歯して矯正治療を行う。動的治療期間は約30ヵ月
メリット:上下顎前歯の後退量が大きい
デメリット:下顎左下6番の失活歯を残すために将来的なリスクが高い
方針2:上顎4番、下顎6番を抜歯し下顎7番を近心移動する。動的治療期間は約36ヵ月
メリット:失活歯である下顎左下6番を抜歯できる
デメリット:前歯の後退量は少なくなり治療期間が長くなる可能性が高い

■動的治療開始時

上顎前歯による下顎前歯の重なりが大きく下顎前歯部にはブラケットを装着せずに矯正治療を開始しました。

下顎6番抜歯後

■動的治療終了時

動的治療期間および保定期間

動的治療期間は途中でキャンセルなどがあり来院間隔が長くなってしまったものの、方針2で想定した36ヵ月よりは短い期間で動的治療を終える事ができました。保定期間は24ヵ月を予定し現在は保定中です。

顔貌所見

動的治療後の評価では、抜歯スペースにより叢生の改善だけでなく上下顎前歯の後退により前歯が後退し口唇の突出感、口唇閉鎖時の緊張感は改善されました。

口腔内所見

臼歯関係は、上下顎の抜歯部位が異なる事で左右ともにAngle class IIですが咬合平面は平坦化して上下歯列の前後的なズレはなくなり、前歯から臼歯まで緊密に咬合し咬合圧が均等に分散される咬合関係を得られました。

パノラマX線写真所見

動的治療後のパノラマX線写真の評価では、前歯部の歯根吸収が認められ、下顎右側4番5番の歯軸の平行性が不十分でした。上顎左右親知らず(8番)は動的治療期間中に抜歯し、その後の歯槽骨は正常な状態に治癒している事が確認されました。

動的治療開始から保定終了までのセファロの重ねあわせ

セファロX線写真の重ね合わせにより上顎大臼歯はほとんど近心に移動せず上顎前歯が後退した事、下顎7番が近心に移動しながら下顎前歯が後退した事で上下顎前歯が後退し、口唇の突出感および口唇閉鎖時の緊張感が改善した事が分かりました。

 動的治療前後の比較

■う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

今回の症例解説より、う蝕のリスク評価として「カリオグラム」、歯周病のリスク評価として「OHIS」を追加しました。
カリオグラムは、歯科先進国スウェーデンのスウェーデン王立マルメ大学う蝕予防学教室のグンネル・ペターソン博士によって開発され、その予後の妥当性について多くの論文で評価された信頼度の高いう蝕リスク診断プログラムです。OHISは歯科先進国アメリカのワシントン大学歯学部教授ロイ・C・ページ先生を中心とした歯周病専門医のグループによって開発され、医院で分析したデータを世界で収集されている歯周病のデータベースにアクセスして分析する歯周病のリスク診断プログラムです。これまで実際の臨床では使用していましたが、症例解説の際にあわせて表示し、総合的なリスク判断を理解しやすくします。

う蝕のリスク比較

う蝕のリスク合計は初診時唾液検査「17」→動的治療開始時「11」と変化し、動的治療終了時にリスクが減少しました。また、カリオグラムによる「1年以内にう蝕を避ける可能性」は9%から62%に上昇し、むし歯になりにくい口腔内の環境に変わりました。これは、歯の磨き残しが減少し、細菌が減少した事、歯科医院でのフッ素の使用が定期的に行われた事によるものと考えられました。

初診時カリオグラム

動的治療終了時カリオグラム

歯周病のリスク比較

歯周病のリスク合計は初診時「6」→動的治療終了時「3」と減少しました。これは矯正治療開始前にあった歯肉からの出血や4ミリ以上のポケットが減少した事、定期的な来院によるメインテナンスを継続した事、歯肉縁下の修復物がなくなった事などによる効果と考えられました。

OHISによるリスクの変化

PCR、BOP、4mm以上のポケットの比較

■PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
■BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
■4mm以上の歯周ポケット(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

■考察

Hさんは、叢生の改善と口唇突出感の改善を希望されていたため、これらの改善をするために上下顎前歯の後退をしなければならない症例でした。叢生の改善や前歯の後退には顎骨内に歯を移動するためのスペースを作らなければ改善ができませんが、前歯を後退させるためには前歯に近い歯を抜歯の対象とする必要があります。本症例で下顎前歯を後退させるためには、下顎の小臼歯(5番)を抜歯する事が理想的でした。しかし、下顎左側6番が失活歯であり予後に不安があったため抜歯の適応となりました。この抜歯部位の変更により下顎前歯はあまり後退しないと予測し、上顎にアンカースクリューを埋入し上顎前歯を可能な限り後退させながら、下顎前歯を後退させるために上顎歯列を固定源とした顎間ゴム(III級ゴム)を使用する事で上下顎前歯を後退させる方針としました。

予想では下顎6番抜歯のスペースを閉鎖する際に、下顎前歯があまり後退せずに下顎7番が近心(前方)に移動するためにIII級ゴムが必要と考えていましたが、実際の治療では予想より下顎前歯が後退した事で顎間ゴムを使用せずに下顎前歯を後退する事が出来ました。アンカースクリューにより上顎の固定は最大となったので上顎前歯も十分に後退し、結果的に上下顎前歯が十分に後退し、口唇突出感および口唇閉鎖時の緊張感が改善されたと思われました。

神経をとってしまい不適な補綴物を装着されていた下顎6番を抜歯した事で歯周病のリスクも減少し、きれいになった歯並びを生涯にわたり守る事の出来る可能性は上昇したと考えられます。しかし、保定期間や矯正治療完了後に新たにむし歯を発生させたり、神経をとるほど大きくしてしまったり、歯周病を進行させてしまっては大事な大臼歯を抜歯してまで治療を行った意味が失われてしまいます。

これからも、歯並びが良くなったからといって安心するのではなく、むし歯と歯周病のリスクは加齢と共に高まっていく事をHさんに理解してもらい、予防のための定期的なメインテナンスで歯を守っていきます。

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永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
費用(自費診療)
約1,164,000円~1,339,000円(税別)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
歯根吸収が起きる可能性があります