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症例紹介44/Iさん「上突咬合 叢生歯列弓 下後退顎」

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大臼歯の失活歯を伴う成人の叢生・上顎前突症例
診断名:上突咬合 叢生歯列弓 下後退顎

今回は、幼少期より歯並びの異常を歯科検診で指摘されていたたものの矯正装置の見た目が気になり治療を行わず、成人になって矯正治療を開始したFさんの症例について解説します。下顎右側第一大臼歯は失活歯(むし歯により神経をとった歯)となっており、矯正歯科診断時に失活歯を抜歯する方針と抜歯しない方針の2方針を提案し後者を選択しました。その治療経過を解説します。

■初診時

現症および主訴

Iさんは幼少の頃から前歯が突出していましたが、20代後半になってから顎がガクガクして痛くなるなどの噛み合わせが原因かもしれないと思われる不調を感じた事から数軒の矯正歯科医と相談を経て、当院を受診されました。初診時32歳。

顔貌所見

正貌において顔貌の顕著な左右非対称性は認めませんでした。側貌において口唇の顕著な突出感を認め、オトガイ部の後退感は強く、口唇閉鎖時にオトガイ部軟組織の緊張感を認めました。

口腔内所見

上下顎前歯の前後的なズレを現すオーバージェットが大きく約9.5mm、前歯部の叢生を認めました。一般歯科的問題点として、下顎右側第一大臼歯(下顎右側6番)の歯髄を除去し樹脂をつめる根管治療が施された失活歯の状態でした。

初診時X線写真所見

セファロ(頭部X線写真線規格写真)において上下顎骨の前後的ズレを示すANBは+9°、下顎骨の下方への回転を示すFMAは35°を示し、下顎後退型の骨格的な上顎前突の傾向を認めました。また上顎前歯は唇側に傾斜し、上唇が短く下唇が引き上げられながら口唇が閉鎖している事を確認出来ました。

パノラマX線写真において上顎右側第3大臼歯(8番:親知らず)が存在していることが確認できました。デンタルX線写真では下顎右側6番の根管治療は不十分であるものの明らかな根尖病巣などは認めませんでした。

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、唾液の分泌量は5mlでやや少なく、みがき残しが多いこと(PCR76.8%)、フッ素が使用されていないことでむし歯のリスクは高い傾向を認めました。歯周病のリスクがやや高く、歯肉からの出血(歯肉炎)は臼歯部を中心に認めBOPは13.1%に認めました。

■治療方針

MTMの診療プロセスに則り、初期治療により歯のみがき残しを減少させ歯肉炎の改善を行ない、その後矯正治療を開始する事としました。その結果、PCRは31.3%に減少し、 BOPも1.2%になりました。

矯正治療の方針としては、上下顎骨のズレが大きく上顎前歯を最大限に後退させる必要があると考え、抜歯により空隙を作る必要がある症例と判断しました。抜歯部位は、失活歯である下顎右側6番を残すかどうかで次の2方針を提案しました。

方針1:抜歯部位を上顎左右4番、下顎左右5番、下顎が回転して下顔面が長くなるようであれば歯科矯正用アンカースクリューを埋入して上顎大臼歯の挺出や上顎前歯の圧下を行う事としました。動的治療期間は30ヵ月と予測しました。

方針2:上顎の抜歯部位は方針1と同じ上顎左右4番、下顎は右側を失活歯である6番、左側は方針1と同じ5番としました。歯を動かす期間は方針1に比べて12ヵ月長い42ヵ月と予測しました。

当院としては、下顎右側6番は失活歯であるものの歯質の削除量は少なく、X線写真により根尖部に明らかな透過像(感染による骨の消失)を認めなかったこと、臨床症状がなかったことにより、下顎右側6番を保存する方針1を提案しました。

非対称な抜歯部位となることで咬合がやや不安定になることを予測模型により説明し、失活歯の将来の喪失リスクを説明した結果、Iさんは方針1を選択されました。

■動的療開始時

上顎に唇側から矯正装置を装着し治療を開始しました。

■ 動的治療終了時

顔貌・口腔内所見

側貌における口唇の突出感及び口唇閉鎖時の緊張感は軽減しました。
口腔内所見において上下顎前歯の前後的なズレおよび叢生は改善され、臼歯関係もアングルI級で安定しました。

X線写真所見

動的治療後の評価では、パノラマX線写真において歯根平行性の問題や全顎的な歯根の明らかな吸収などは認められませんでしたが、前歯部の根尖では軽度の歯根吸収による根尖の平坦化を認めました。セファロX線写真において、上下顎前歯の後退による口唇の後退を認めました。臼歯や前歯の挺出による下顎の回転、下顔面高の増加などは認めませんでした。

■ 動的治療前後の比較







■う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のリスク評価としてカリオグラムを行っています。カリオグラムは、歯科先進国スウェーデンのスウェーデン王立マルメ大学う蝕予防学教室のグンネル・ペターソン博士によって開発され、その予後の妥当性について多くの論文で評価されて信頼度の高いう蝕リスク診断プログラムです。

歯周病のリスク評価としてOHISを使用しています。OHISは歯科先進国アメリカのワシントン大学歯学部教授ロイ・C・ページ先生を中心とした歯周病専門医のグループによって開発されて歯周病のリスク診断プログラムです。

う蝕のリスク比較

う蝕のリスクは初診時「10」→動的治療終了時「4」とリスクが減少しました。また、カリオグラムによる1年以内にう蝕を避ける可能性は初診時「25%」→動的治療終了時「90%」と上昇(う蝕になるリスクは減少)しました。う蝕のリスクが大きく低下した理由として、メインテナンスと家庭でのフッ素使用が定着した事、咬合が改善し、咀嚼しやすくなって唾液分泌量が増加した事が要因と考えられました。

初診時カリオグラム

動的治療終了時カリオグラム

カリオグラムによる「う蝕を避ける可能性」の変化

*「う蝕を避ける可能性」は上昇しう蝕のリスクは減少している

歯周病のリスク比較

歯周病のリスクは初診時「10」→動的治療終了時「4」に変化し減少しましたが、OHISでは病状が初診時「7」→動的治療終了時「9」、リスクが初診時「2」→動的治療終了時「3」に増加しました。これは、OHISの評価ではX線写真により歯を支える骨の減少と、臼歯部の根分岐部に骨吸収を認めた事を評価したためと考えます。

OHISでのリスク変化

PCR、BOP、4mm以上のポケットの比較

・PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
・BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
・4mm以上の歯周ポケット(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

■考察

治療方針について

Iさんには失活歯を保存する方針1と失活歯を抜歯する方針2を提案しました。当院の理念はホームページにも掲載さているように「命を輝かせる歯を生涯に渡り守り、あるべき歯科医療を実現させる」であり、そのために矯正治療学的な診断に基づき抜歯による矯正治療が必要だとしても、矯正治療後に残した歯が生涯に渡り機能する事を第一の目的にしています。

失活歯(歯の神経をとった歯)は、治療した後に感染しても再治療が不可能となる場合が多く最終的には抜歯となる可能性が高い歯です。そこで、抜歯による矯正治療が必要と判断したIさんの症例では、下顎右側6番の失活歯を抜歯する事を検討しました。下顎右側6番は歯の根が2根、近遠心径(前後径)が約12mm あり最も大きな歯であり、抜歯するとそのスペースを叢生の改善だけでは余ってしまうので前後の歯の移動で閉鎖する必要があります。成長期にある患者であれば移動に時間がかかったとしても閉鎖が可能な場合が多いです。また、健全な親知らずがあれば親知らずを移動して代替えをさせる事も可能です。
当院症例紹介21参照

しかし、本症例は成長の終了した成人症例であり、大臼歯の抜歯スペースを閉鎖する歯の移動にかなりの時間がかかる、もしくは移動しきれずにスペースが残る可能性がある、親知らずはすでに抜歯されていた事で親知らずの利用は出来ないと考えました。さらに、不完全な根管治療(歯の神経の治療)ではあるものの本来の歯を大きく削って根管治療を行っていないので、今後感染が確認された際にも再根管治療のチャンスがあると考え失活歯を保存する方針1をお勧めしIさんも同意してくださいました。保存した下顎右側6番は動的治療終了時から保定中の現在までに症状が出ていませんのでこの診断は適切だったと考えられますが、本当の評価は生涯に渡って歯が残せるかどうかでしかできないので、今後もメインテナンスを続け守りながら経過観察を続けます。

動的治療に伴う変化について

Iさんは骨格的な上顎前突で上下顎前歯の前後的なズレを示すオーバージェットも9.5mmと大きく、上顎前歯を大きく後退させなければいけない症例です。上顎前歯を後退させる際に、上顎前歯が挺出し笑った時に歯肉が強調されるガミースマイルになったり、下顎骨が回転し下顔面高が大きくなる(顔が長くなる)変化が現れる事があるので歯科矯正用アンカースクリューを使用し大臼歯や前歯の挺出を防ぐ事を治療方針に含めました。
当院症例紹介7参照

しかし、動的治療中に挺出やガミースマイルの変化を確認したところ、明らかな挺出や下顎骨の回転も認めなかったためアンカースクリューを使用せずに動的治療を終える事が出来ました。治療後のセファロの重ねあわせでも下顎骨の回転は認めず、顔貌写真においてもガミースマイルは認められませんでした。

また、矯正治療開始前に顎がガクガクするなどの症状を感じられていましたが、矯正治療期間中に顎関節の不調などは現れずに動的治療を終了する事が出来ました。顎の不調和は噛み合わせだけが原因ではありませんが、矯正治療は悪影響を与えなかったと考えられました。

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永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。