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症例紹介26/Kさん「中立咬合 叢生歯列 両突歯列」

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Kさん「中立咬合 叢生歯列 両突歯列」

初診時の診断:「中立咬合 叢生歯列 両突歯列」

今回は、叢生(乱杭歯)、上顎左側犬歯の低位唇側転位(八重歯)、大臼歯関係が右側軽度のAngle class II左側Angle full class IIで非対称な臼歯関係で上顎右側中切歯(上顎右側1番)がむし歯の進行により失活歯(神経が死んだ歯)となり変色していたため矯正動的治療後にセラミックによる被せもの(補綴処置)までおこなったKさんの症例解説をおこないます。

■初診時

現症および主訴

初診時年齢は33歳の女性です。上顎左側犬歯の八重歯、かみ合わせの改善を希望されて当院を受診されました。

※以下より画像をクリックすると大きい画像が見れます。

顔貌所見

骨格的に下顎骨が劣成長で上顎骨に対して小さく、側貌において下顎の後退傾向を認めるものの、正貌における明らかな非対称性は認められませんでした。口唇閉鎖時の口唇周囲軟組織の突出感および緊張感を認め、原因は前歯の唇側傾斜および上顎左側犬歯の八重歯によるものと思われました。

初診時 側貌

初診時 側貌

口腔内所見

臼歯関係は左側が強いAngle class II(アングルの2級)で、上顎大臼歯が下顎大臼歯に対して近心(前方)に位置していました。上下顎前歯部に叢生(乱杭歯)、上顎左側犬歯の低位唇側転位(八重歯)を認めます。また、上顎右側1番は失活歯のため歯が暗褐色に変色していました。

初診時 上顎

初診時 右側初診時 正面初診時 左側

初診時 下顎

X線写真所見

頭部X線規格写真(セファロ)により、上顎骨に対して下顎骨はやや後方に位置し上下顎骨の歯の並ぶ前後的な奥行きはなく、骨格的に叢生もしくは前歯が唇側傾斜しやすい傾向を認めました。パノラマX線写真では上顎右側1番に失活歯の所見、下顎両側に第3大臼歯(親知らず)の埋伏を認めました。

パノラマX線写真

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、むし歯の原因菌であるミュータンス菌、ラクトバチラス菌はほとんど検出されずむし歯のリスクは低く磨き残しが主なむし歯のリスクとなることがわかりました。また、歯肉からの出血をほとんど認めず成人の症例では珍しく歯周病のリスクも低いことがわかりました。

特記事項

特記事項はありませんでした。

■治療方針

診断は、上顎右側中切歯(1番)失活による変色を伴うAngle class II・両突歯列・叢生歯列としました。

主訴である叢生を改善するために、抜歯によりスペースを確保する必要がありましたが通常の症例では上下顎第1小臼歯(4番)の抜歯により叢生を改善して、残ったスペースを利用して臼歯関係を改善します。しかし本症例では上下顎の前後的なズレがあり、臼歯関係がAngle class IIであったことから上顎の抜歯部位を4番(第1小臼歯)、下顎の抜歯部位を5番(第2小臼歯)とし、歯列の前後的な位置のズレを改善しやすくすること、上顎歯列を十分に後退させるために上顎大臼歯部にアンカースクリューを埋入する方針としました。動的治療期間は約30ヵ月を予定しました。

矯正治療開始前に、むし歯と歯周病の予防方法やメインテナンスの重要性を説明し、徹底したPMTC(歯科衛生士による歯面クリーニング)、スケーリングによる歯石除去、フッ素の使用法やブラッシング方法の指導などを中心とした家庭での口腔衛生管理方法の改善のための初期治療をおこない、矯正装置装着に伴うむし歯と歯周病のリスク上昇に対応できる状態になったことを確認してから矯正治療を開始することとしました。

矯正治療中は経年的にリスクが上昇するので毎回のワイヤー調整時に上下のワイヤーを外して全顎的に歯肉縁上縁下のバイオフィルムを除去するためのクリーニングによるメインテナンスをおこなうこととしました。前歯の変色に対しては歯を動かす動的治療が終了し、安定させる保定期間に歯を削ってセラミックの被せものを接着することで対応する方針としました。

■動的治療開始時

初期治療後に再評価をおこない、歯の磨き残しがほとんどなくなり、診療室でPMTC後のフッ素塗布を繰り返しおこない歯質の強化をおこなった後、抜歯をおこなってから上下顎に矯正装置を装着して治療を開始しました。

動的治療開始時

動的治療開始時 右側動的治療開始時 正面動的治療開始時 左側

アンカースクリュースクリュー埋入時

動的治療を開始した後、前歯を後退させる臼歯部の固定源を強化するために上顎の大臼歯歯根付近にアンカースクリューを埋入しました。

アンカースクリュースクリュー埋入時 右側アンカースクリュースクリュー埋入時 正面アンカースクリュースクリュー埋入時 左側

アンカースクリュースクリュー 右側

アンカースクリュースクリュー 左側

■動的治療終了時

動的治療期間および経過

実際にかかった動的治療期間は約31.6ヵ月、調整回数は34回、平均的な来院間隔は0.9ヵ月でした。無断キャンセルなどはなく協力も良かったのですが歯の移動にやや時間がかかったこと、臼歯関係の改善に時間がかかったことで予定の治療期間(30ヵ月)を超過した結果となりました。

顔貌所見

矯正治療により前歯が後退し、八重歯が改善されたため口唇の突出感や緊張感は改善されました。スマイル時の口唇と前歯の配列のバランスが改善されたものの上顎右側1番の変色により審美性は不十分でした。

動的治療後 側貌

動的治療後 顔貌

口腔内所見

上下歯列の抜歯スペースは叢生の改善および前歯の後退により閉鎖され、臼歯関係は左右ともにAngle class Iになり上下歯列の正中は一致しました。アンカースクリューはこの検査の後に除去しました。

動的治療後 上顎

動的治療後 右側動的治療後 正面動的治療後 左側

動的治療後 下顎

■保定完了時

動的治療終了後に上顎にはベッグタイプリテーナー、下顎はFSWを接着して保定を28.3ヵ月おこないました。保定期間中には動的治療終了時の唾液検査結果を元にリスクを下げる初期治療をおこなってから、不適合な修復物を再製して上顎右側1番のセラミックによる補綴処置をおこないました。矯正歯科的な管理としては約3ヵ月に1回のリテーナーチェックとメインテナンスをおこない、むし歯と歯周病のリスクコントロールを継続しおこないました。

上顎右側1番のセラミック補綴物(制作時)
上顎右側1番のセラミック補綴物(制作時)

上顎右側1番のセラミック補綴物(口腔内装着時)
上顎右側1番のセラミック補綴物(口腔内装着時)

顔貌所見

保定期間中に咬合状態はより安定し、叢生の後戻りなどはなく、軟組織に大きな変化は認めませんでした。上顎右側1番の補綴処置をおこなったことでより前歯部の審美性、スマイル時の口元の審美性が向上しました。

保定完了時 側貌

保定完了時 顔貌

口腔内所見

上顎右側1番にセラミックの補綴物を装着したこと、ホワイトニングをしたこと、定期的なメインテナンスとリテーナー管理をおこなったことで歯はより白く艶も出てきました。咬合状態もより緊密になっています。

保定完了時 上顎

保定完了時 右側保定完了時 正面保定完了時 左側

保定完了時 下顎

X線写真所見

パノラマX線写真

X線写真所見では、明らかな歯根吸収や歯槽骨吸収などを認めず歯根もほぼ平おこなに配列されています。保定期間中に8番(親知らず)の抜歯をしました。

セファロ重ね合わせによる比較

セファロX線写真の重ね合わせによりアンカースクリューにより固定源が強化されたことで上顎大臼歯は初診時からほとんど位置が変化せずに下顎の大臼歯が近心移動したことで臼歯関係がAngle class Iに改善し、上顎前歯が後退し口唇の突出感や緊張感が改善したことがわかります。また、動的治療後も後戻りが起きていないこともわかりました。

――初診時 —-動的治療終了時 ――保定完了時 の順序で色分けし重ねあわせをおこなっています。初診時に比較して前歯が後退し、前歯が後退したことで口元の突出感が改善したことがわかります。動的治療終了時の赤い線があまり見えないのは保定完了時の緑の線と重なっているためで、保定期間中に歯の後戻りなどの大きな変化がなかったことを示しています。

初診時 → 動的治療終了時 → 保定完了時

初診時 側貌動的治療後 顔貌保定完了時 顔貌

初診時 側貌動的治療後 側貌保定完了時 側貌

初診時 側貌動的治療後 側貌保定完了時 側貌

う蝕と歯周病のトータルリスク比較

う蝕と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のトータルリスク比較

う蝕のトータルリスクは初診時「11」→動的治療終了時「6」→保定完了時「6」と減少し安定しました。これは、歯の磨き残しであるPCRやフッ素の使用状況によるリスクが減少したこと、かみ合わせが安定したことにより咀嚼能率が高まり唾液の分泌量が増加したこと、叢生の改善により歯が磨きやすくなったことで磨き残しが減少した効果によるものと考えられました。

う蝕のトータルリスク比較

5分間の刺激唾液量
5分間の刺激唾液量

歯周病のトータルリスク比較

歯周病のトータルリスクは初診時「5」→動的治療終了時「3」→保定完了時「2」と減少し安定しました。初診時より、歯周病による歯周ポケットや歯肉の出血がほとんどなかったことに加えて、歯が磨きやすくなって歯の磨き残しが減少したことで、通常であれば年齢の増加とともに上昇する歯周病のリスクも減少していきました。

歯周病のトータルリスク比較

 

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

  • PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
  • BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
  • 4mm以上の歯周ポケット
    (歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

■考察

成人で歯並びが悪い方は、口腔衛生状態の管理が難しい若年期を歯並びの悪い状態で過ごしているので歯並びの良い方に比較ししてより重篤なむし歯や歯周病になっていることが多いものです。したがって成人の矯正治療では、矯正治療を開始する時点でむし歯や歯周病を有し進行している方がほとんどです。また、矯正治療により歯ならびをきれいにして審美性を高めたくてもむし歯やその治療などにより歯が変色している場合には、矯正治療で歯を並べただけで十分な改善が認められません。このような成人の矯正治療では、口腔内全体を長期にわたり健康で美しく保つために、予防歯科をベースとしてう蝕と歯周病の発症や進行をコントロールし、矯正歯科治療と審美的な補綴処置を計画的におこない、歯への侵襲を最小限にして最大限に審美的な改善をおこない、さらに術後もメインテナンスで歯を守り歯を長持ちさせていく包括的な歯科医療を提供する必要があります。

本症例では、矯正歯科治療開始前に、う蝕と歯周病の予防から始め、補綴処置のタイミング、補綴処置した歯を長期にわたり健康な状態で維持するために矯正歯科治療により歯列と咬合を安定させる治療方針を綿密に計画し治療をおこなうことで美しく健康的な口元を創りだすことができました。

このような治療のプロセスは、時間がかかってすぐに美しい口元を手に入れたい患者さんからは受け入れ難いものだと思います。しかし、このプロセスを経ずに前歯の補綴だけで審美性を改善しようとした場合、審美的に十分な改善ができないばかりか歯を削る量が不必要に多くなって、せっかく長期に残せるはずの前歯もむし歯や歯周病の進行により短い期間で失ってしまうことも十分に考えられます。Kさんの歯がむし歯で失活歯となり変色してしまったことは大変残念でしたが、Kさんは私達の診療方針を十分に理解してくれて、理想的な予防と治療ができたと考えています。今後は、加齢とともにう蝕や歯周病のリスクは自然に上昇していくので、より徹底したメインテナンスをおこない、現在の美しい歯、美しい口元、よく噛める歯並びをいつまでも維持できるようにメインテナンスで守っていきたいと考えています。


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永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。