HOME >  医院案内 >  症例紹介 >  症例紹介22/Yさん「中立咬合 両突歯列 叢生歯列」

症例紹介22/Yさん「中立咬合 両突歯列 叢生歯列」

BACK

Sさん「中立咬合 両突歯列 叢生歯列」

初診時の診断:「中立咬合 両突歯列 叢生歯列」

今回は、上下の前歯が突出(唇側に傾斜)し乱杭歯(叢生)している成長期にあるYさん(中学生で治療開始)の症例を解説します。成長期にあることで非抜歯による矯正治療も検討しましたが、抜歯による矯正治療をおこない良好な結果を得ることができました。

■初診時

現症および主訴

上顎前歯(側切歯)の乱杭歯(叢生)による口蓋側転位、部分的反対咬合を気にされて当院を受診しました。初診時12歳。

※以下より画像をクリックすると大きい画像が見れます。

顔貌所見

正貌における明らかな非対称性、口唇閉鎖時の口唇周囲軟組織の顕著な緊張感や突出感は認められませんでした。

初診時 側貌

初診時 側貌

口腔内所見

上下歯列の前後的なズレは顕著ではないものの、下顎骨が僅かに前方に位置する傾向を認めました。上下顎骨に対して歯が大きく叢生を呈していて、上顎左右側切歯(上2番)は口蓋側に転位していました。下顎歯列の最後方歯である第2大臼歯(左右下7番)は遠心部が萌出できず歯肉に覆われ不完全萌出になっていました。歯の磨き残しが多く、口蓋側転位している左右上2番や不完全萌出の左右下7番で磨き残しが顕著でした。

初診時 上顎

初診時 右側初診時 正面初診時 左側

初診時 下顎

X線写真所見

X線写真により、上下顎骨の前後的なバランスは良好なこと、明らかなむし歯は認められませんでした。手根骨のX線写真により骨の癒合が終了していないため成長のピークは越えているもののまだ成長が残っていることがわかりました。詳細な成長の段階は図1からの間と判断し、年間の成長量は減少しているもののまだ成長が残っている段階と判断しました。

X線写真

手根骨のX線写真

X線写真
図1:手根骨の融合による成長予測
(歯科矯正のポイント55より引用)

唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、むし歯の原因菌であるミュータンス菌やラクトバチラス菌はほとんど検出されず唾液の分泌量も比較的多いのでむし歯のリスクは低くむし歯の予防は充分に可能であると思われました。歯周組織検査において局所的に歯肉からの出血があることがわかりました。特に側切歯(右上2番)の反対咬合部分や下顎第2大臼歯(左右下7番)の埋伏部分にプラークが蓄積していることがわかりました。

歯周組織検査 上顎

歯周組織検査 右側歯周組織検査 正面歯周組織検査 左側
▼側切歯(右上2番)の反対咬合部分に大量のプラークが蓄積

歯周組織検査 下顎
▼第2大臼歯(左右下7番)の遠心部が
歯肉に覆われ大量のプラークが蓄積

特記事項

お母様は、抜歯による他院での矯正治療経験者で現在も歯列や咬合は安定しており抜歯による矯正治療に対して理解がありました。

■ 治療方針

診断は 中立咬合・両突歯列(上下顎前突)叢生歯列としました。
上下顎の叢生の原因は、顎骨に対して歯が大きすぎることで歯が並びきらないことでした。そこで上下顎左右小臼歯を抜歯することですき間をつくり叢生の改善と前歯の後退をおこなう治療が理想です。しかし、叢生が軽度であり非抜歯による治療の可能性も0%ではないこと、お母様の心情としてお子様の歯は抜きたくないことを想定して、抜歯による矯正と非抜歯による矯正治療の術後予測模型を作成して以下に挙げる非抜歯のデメリットを説明しました。

< 非抜歯によるデメリット >

  1. たとえ矯正装置により歯列を拡大して歯を並べても顎骨が大きくなる訳ではないので矯正治療後に前歯の叢生が後戻りしやすい
  2. 前歯が唇側に傾斜することで口唇の突出感が強くなったり、口唇閉鎖時に緊張感(オトガイ部に梅干しのようなシワ)が残る可能性がある
  3. 最後方歯である第2大臼歯が歯肉に埋まってしまう可能性がある

当院としては抜歯によりスペースを確保して叢生の改善、前歯は唇側傾斜させず口唇の突出感や緊張感を残さない前歯の位置決め、大臼歯を近心に移動して第2大臼歯の埋伏を防止する方針をお勧めした所、了承されましたので上下顎左右第1小臼歯の抜歯による矯正治療をおこなうことになりました。動的治療期間は約30ヵ月を予想しました。

矯正治療開始前に、むし歯と歯周病の予防方法やメインテナンスの重要性を説明し、徹底したPMTC(歯科衛生士による歯面クリーニング)、スケーリングによる歯石除去、フッ素の使用法やブラッシング方法の指導などを中心とした家庭での口腔衛生管理方法の改善のための初期治療をおこない、むし歯と歯周病のリスクが減少したことを確認してから矯正治療を開始することとしました。矯正治療中もリスクが再度上昇する可能性が高いので毎回のワイヤー調整時に上下のワイヤーを外して全顎的に歯肉縁上縁下のバイオフィルムを除去するためのメインテナンスをおこなうこととしました。

 非抜歯矯正治療の予測模型(白)  VS  抜歯矯正治療の予測模型(赤)

非抜歯矯正治療の予測模型(白):正面

抜歯矯正治療の予測模型(赤):正面

非抜歯矯正治療の予測模型(白):右側

抜歯矯正治療の予測模型(赤):右側

非抜歯矯正治療の予測模型(白):左側

抜歯矯正治療の予測模型(赤):左側

非抜歯矯正治療の予測模型(白):上顎

抜歯矯正治療の予測模型(赤):上顎

非抜歯矯正治療の予測模型(白):下顎

抜歯矯正治療の予測模型(赤):下顎

■ 動的治療開始時

初期治療後に再評価をおこない、歯の磨き残しが減少し、家庭でのフッ素使用も可能となったので、上下顎左右第1小臼歯(上下左右4番)の抜歯をおこなってから上下顎に矯正装置を装着して治療を開始しました。治療開始時のみワイヤーの結紮をカラーゴムで直接おこない、その後のワイヤー調整ではワイヤーで結紮してからカラーゴムの装着をおこないました。

カラーゴム さくらバージョン

カラーゴム さくらバージョン 右側カラーゴム さくらバージョン 正面カラーゴム さくらバージョン 左側

カラーゴム クリスマスバージョン

カラーゴム クリスマスバージョン 右側カラーゴム クリスマスバージョン 正面カラーゴム クリスマスバージョン 左側

■ 治療結果

動的治療期間

実際にかかった動的治療期間は約24ヵ月、調整回数は24回、平均的な来院間隔は1.0ヵ月でした。成長の残っている年齢での矯正治療であったため、歯の移動が良好で治療期間を予想より約6ヵ月短く終えることができました。

顔貌所見

上下顎前歯の位置は治療開始前とほとんど変化ないものの、鼻尖部とオトガイ部(下顎骨の先端)の成長により口唇の突出感が減少しました。笑った時に歯がきれいに並んで見える様になりました。

動的治療後 側貌

動的治療後 顔貌

口腔内所見

上下歯列の抜歯スペースは閉鎖され、咬合平面は平坦化、上下歯列の正中は一致し、上下の歯がバランスよく噛めるようになりました。側切歯部の口蓋側転位による反対咬合も改善されています。

動的治療後 上顎

動的治療後 右側動的治療後 正面動的治療後 左側

動的治療後 下顎

X線写真所見

パノラマX線写真所見では、明らかな歯根吸収や歯槽骨吸収などを認めず歯根もほぼ平行に配列されています。 セファロX線写真の重ね合わせにより下顎骨が前方に成長するものの下顎前歯が後退し上下口唇の突出感が改善し側貌における硬組織と軟組織のバランスが改善していることがわかります。大臼歯は近心(前方)に移動し第2大臼歯の埋伏を改善しています。

パノラマX線写真
パノラマX線写真

初診時・動的治療後のセファロ重ね合わせによる比較
初診時・動的治療後の
セファロ重ね合わせによる比較

初診時 動的治療後の比較 (初診時 VS 動的治療終了時)

初診時 側貌   動的治療後 側貌

初診時 顔貌   動的治療後 顔貌

初診時 正面   動的治療後 右側

 初診時 右側   動的治療後 右側

 初診時 右側   動的治療後 右側

 初診時 上顎   動的治療後 上顎

 初診時 下顎   動的治療後 下顎

う蝕のトータルリスク比較

う蝕のトータルリスクは初診時の「9」から動的治療終了時「8」に減少しました。これは初期治療後の再評価では歯の磨き残しである「プラークの蓄積量」が減少したものの動的治療後に再度増加してしまったため大きなリスクの減少になりませんでしたが、フッ素を診療の度に使用したため僅かにリスクが減少しました。

う蝕のトータルリスク比較

歯周病のトータルリスク比較

歯周病のトータルリスクは初診時の「4」から動的治療終了時の「4」のまま変化しませんでした。歯周病リスクは、初診時より高くなく「プラークの蓄積量」が最も大きなリスク要因でした。これは初期治療後の再評価では減少したものの、動的治療後に再度増加してしまったためと考えます。

歯周病のトータルリスク比較

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)

■ 考察

本症例は、成長期にある叢生歯列の一般的な症例でした。成長は年齢や性別によって成長量が大きい時期、成長量が僅かな時期、上顎骨が成長する時期、下顎骨が成長する時期などがあり、治療のタイミングを正確に判断する必要があり、この判断ミスが治療結果にも大きく影響します。本症例では、年齢、性別、骨格的な分析、手根骨の融合状態などから成長が落ち着いてきて将来的な歯並びが予測可能となったので治療開始に適切と判断し良好な治療結果を得ることができました。

また、本症例では抜歯による矯正治療について治療開始前に特に慎重に説明をおこないました。現代医療では「最小の侵襲で治療をおこなうべき」と考えられており、医科の領域では開腹手術が必要な疾患でも内視鏡手術で治療し手術による侵襲を最小限にする技術が開発されその発達は目覚ましいものです。

矯正歯科においても「歯を抜かずに非抜歯矯正治療をおこなう」という治療方針は患者さんにとって最小の侵襲治療と思えるかもしれませんが、適切な診断のない無謀な非抜歯の治療は術後に様々なデメリットを残してしまうため、最終的に大きな侵襲を残し実は最小の侵襲治療ではなかったという症例にしばしば遭遇します。患者さんや保護者の方にとって歯を抜くということは簡単に理解できるものではないので非抜歯の治療を一度行ってみてダメだったら抜歯の治療に切り替えると言う方もいらっしゃいますが、実際はそのような治療方針をとると治療期間が長くなってしまったり、歯肉が退縮して取り戻せない問題が残ってしまう可能性があるため現実的ではありません。そこで本症例では、予測模型を作成して抜歯と非抜歯の違いを慎重に説明することで十分な理解が得られ、抜歯による適切な治療方針に対する同意が得られ、治療期間も最短で理想的な歯並びを得られたものと考えています。

現在は、リテーナーを使用しながら保定観察をおこなっています。動的治療後の唾液検査ではプラークの蓄積量が多いために十分なリスク改善ができませんでしたので、再度プラークコントロール(歯ブラシの指導)など説明しリスクを下げてから定期的なメインテナンスをおこなっています。上顎右側の親知らずはもう少し萌出してくるようであれば抜歯する可能性もありますが、現在は経過観察としています。


BACK

永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。