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症例紹介38/Tさん「上顎右側1番の埋伏 上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

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Tさん「上顎右側1番の埋伏 上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎」

1期治療:上顎右側1番の埋伏歯の開窓牽引
2期治療:叢生を伴う上顎前突
1期治療と2期治療を行った症例

診断名:上顎右側1番の埋伏 上突咬合 両突歯列 叢生歯列弓 下後退顎

今回は、小児期(8歳)に上顎前歯の埋伏に対する開窓牽引を行い、その後経過観察とメインテナンスをしながら永久歯の萌出を待ち、その後永久歯列の矯正治療を行ったTさんの症例に対する解説を行います。専門的に小児期の矯正治療は1期治療、永久歯列期の矯正治療は2期治療と呼び、1期治療では萌出障害のある上顎前歯の萌出を促し、2期治療では生涯にわたって安定する歯並びと咬合を創り出す治療を行う2段階の矯正治療について解説します。

■初診時

現症および主訴

初診時年齢8歳で来院。一般歯科医により、上顎右側1番の萌出遅延を指摘され乳歯を抜歯したものの萌出してこなかったため、矯正歯科医による顎骨内部にある右側1番の開窓牽引(矯正歯科装置を装着して引っ張る) が必要と指摘され当院を受診されました。

顔貌所見

正貌において顔貌の左右非対称性は認めず、側貌において軽度の下顎後退感を認めるものの顔貌における顕著な不調和は認めませんでした。

口腔内所見

上下歯列の前後的な位置関係にズレは認めませんが、前歯部では永久歯の萌出余地不足が予測され過蓋咬合(前歯の重なりが大きすぎる)の傾向を認めました。主訴である上顎右側1番の萌出部位の歯肉は膨隆してきており顎骨の比較的浅い部位に存在(埋伏)していることが予想されました。

初診時X線写真所見

パノラマX線写真において上顎右側1番の埋伏は確認できるものの歯根の湾曲や吸収などは認められず、その他の歯も明らかな問題を認めませんでした。

初診時唾液検査・歯周組織検査

唾液検査では、歯の磨き残しが多く、むし歯の原因菌であるミュータンス菌も多い傾向を認め、口腔内の環境を中和する唾液の緩衝能は低く、分泌量も少ないという結果や、すでに乳歯のむし歯治療経験があることから、むし歯のリスクは高いことから1期治療で矯正装置を装着する際に注意が必要と考えました。

■治療方針

1期治療では、上顎右側1番の開窓牽引が可能と診断し上顎に部分的な矯正装置を装着し、上顎右側1番以外を固定源として上顎右側1番の牽引を行うこととしました。1期治療の動的治療期間は約10ヵ月と予測し、1期治療後は永久歯の萌出を経過観察しながら永久歯の萌出に伴う叢生の変化、顎骨の成長に伴う咬合の変化を確認すること、う蝕と歯周炎の予防をしながら口腔衛生状態の改善を図ることとしました。1期治療で埋伏の改善はできるものの2期治療が不必要となる症例ではないことを説明し治療に入りました。

■1期治療開始から経過観察

唾液検査の結果に基づき初期治療により口腔衛生状態の改善を行い、その後口腔外科にて埋伏している上顎右側1番の顎骨を除去する開窓を行い、矯正装置の装着を行いました。

1期治療(開窓牽引)開始時

1期治療(開窓牽引)終了時顔貌所見

動的治療期間は予想通りの10ヵ月で上顎右側1番の牽引を行うことができました。1期治療終了後は、上顎前歯部に固定式の保定装置を装着し後戻りを防ぎながら、永久歯の萌出管理のための経過観察とメインテナンスを行いました。

1期治療(開窓牽引)修了時口腔内所見

1期治療(開窓牽引)X線写真所見

■2期治療開始時

永久歯の上下顎第1大臼歯が萌出完了する12歳まで経過観察を行いました。成長変化により臼歯関係はAngle class IIで上顎歯列に対して下顎歯列が後方に位置する傾向を認め、叢生と上顎前歯の唇側傾斜が現れてきたため最終的な矯正治療(2期治療)による改善の希望を確認したところ、希望されたので矯正治療のための精密検査を行い治療方針を決定しました。また、永久歯列が完成した状態で再度唾液検査を行い口腔内のリスクを評価し矯正治療中のリスクの上昇に対応できるか確認してから動的治療を開始することにしました。

2期治療動的治療方針

上下歯列の前後的なズレの改善のため上顎は左右4番を抜歯し上顎前歯の唇側傾斜および叢生の改善、下顎は左右5番を抜歯し叢生の改善と大臼歯の近心移動によりAngle class IIの改善を行う方針としました。前歯の後退量はそれほど大きく取らなくても良いと考えアンカースクリューやヘッドギアなどの加強固定装置は使用しない方針とし、治療期間は約30ヵ月と予想しました。

2期動的治療開始時顔貌所見

2期動的治療開始時口腔内所見

2期動的治療開始時X線写真所見

■動的治療開始時

上下顎の抜歯後、軽度の過蓋咬合であるため上顎から矯正装置を装着しました。

■2期動的治療後

顔貌・口腔内所見

動的治療後の評価では、治療計画通り抜歯スペースにより叢生の改善、上顎前歯の後退により前歯が後退し咬合平面は平坦化し前歯から臼歯まで均一に咬合できるようになりました。前歯の後退とともに鼻骨と下顎骨の成長により口唇の突出感、口唇閉鎖時の緊張感を認めない美しい口元を得る事ができました。下顎の回転による下顔面高の増加なども認められませんでした。動的治療期間は予想に近い29ヵ月でしたが、来院回数は16回でした。

X線写真所見

動的治療後の評価では、パノラマX線写真において歯根の吸収や平行性にあきらかな問題は認められませんでした。セファロX線写真においても動的治療により下顎骨の回転は認められず、動的治療に伴い上顎前歯が後退し、その結果口唇が後退した事が確認できました。

2期動的治療前後の比較

■う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較

う蝕のリスク評価としてカリオグラムを行っています。

カリオグラムは、歯科先進国スウェーデンのスウェーデン王立マルメ大学う蝕予防学教室のグンネル・ペターソン博士によって開発され、その予後の妥当性について多くの論文で評価されて信頼度の高いう蝕リスク診断プログラムです。

う蝕のリスク比較

う蝕のリスクは初診時「16」→2期治療開始時「10」→2期動的治療終了時「12」と変化し、2期治療開始時にリスクが減少したものの動的治療終了時に上昇しました。また、カリオグラムによる1年以内にう蝕を避ける可能性は初診時「8%」→2期治療開始時「80%」→2期動的治療終了時「76%」の高い状態で安定し、虫歯になりにくい口腔内の環境に変わりました。これは、歯の磨き残しが減少し、細菌が減少した事、歯科医院でのフッ素の使用が定期的に行われた事によるものと考えられました。

初診時カリオグラム

2期治療開始時カリオグラム

2期動的治療終了時カリオグラム

カリオグラムによる「う蝕を避ける可能性」の変化

*う蝕を避ける可能性が上昇している事から、むし歯のリスクが減少している事が分かる

歯周病のリスク比較

歯周病のリスクは年齢的にありませんが、プラークの蓄積量が増加し年齢が高くなるに従い歯肉からの出血であるBOPの値が高くなっていくことがわかります。

PCR、BOP、4mm以上のポケットの比較

PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)

BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)

4mm以上の歯周ポケット(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)

5分間刺激唾液分泌量の比較

■考察

子を持つ親の考えとして、小さい時に矯正治療を済ませて歯並びが悪くなることを予防したいと考えることは十分に理解でき、当院でも同様の考えを持つ保護者に連れられて矯正治療の相談に来られる方は多くいらっしゃいます。しかし、歯並びや咬合は顎骨と永久歯のサイズ、上下顎骨の3次元的な位置関係、前歯と口元のバランスなどにより治療のゴールが変わってしまうため、単純に小児期から治療を開始すれば永久歯の矯正治療が不要になるとは言えません。

しかし、本症例のように埋伏を認め永久歯の自然な萌出が困難な症例では、そのまま放置することで開窓牽引が困難になる場合や萌出が遅れたことで隣接する歯が傾斜したり、対合歯が挺出したりなどの問題が起き、永久歯列が完成してからの矯正治療が困難になるため小児期の矯正治療(1期治療)が重要になるのです。

本症例では1期治療を行った結果、2期治療では動的治療期間が29ヵ月(来院が19回と予定していた回数の約2/3の来院となってしまいました)で治療が終了し良好な治療結果を得ることができました。

また、永久歯の萌出途中は歯が成熟していないためう蝕になりやすい時期でありながら、保護者による仕上げ磨きがなくなり、食生活のバリエーションが増え、歯肉炎なども起きることから口腔内の環境が短期間で大きく悪化する時期です。このような時期に安易に矯正装置を装着することは、むし歯のリスクを上昇するだけとなってしまう場合もありますが、1期治療から2期治療にかけてリスクコントロールをし、患者自身に歯の価値を理解してもらいながら矯正治療を進めることで、患者の歯に対する意識を高めることも可能になります。

本症例でも、最初は親に連れられて消極的だった矯正治療も、綺麗になった歯並びとその過程から歯に対する意識が高まったことが綺麗な歯並びと安定した咬合を得ることができただけではなくTさんの今後の歯の健康に大きなメリットになったと考えます。

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永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安

治療内容
オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
治療に用る主な装置
マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
費用(自費診療)
約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額
通院回数/治療期間
毎月1回/24か月~30か月+保定
副作用・リスク
矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。