初診時の診断:「中立咬合 叢生歯列」
今回は、永久歯と乳歯が混在する混合歯列期である12歳(小学6年生)に来院され、むし歯と歯肉炎の予防をしながら経過観察をし、永久歯に生えそろってから矯正治療を行った叢生のKさんの治療を解説します。
■初診時
現症および主訴
お母様がご自身の歯並びに不安があり、お嬢様の歯並びが悪くなると心配ということで当院を受診されました。Kさん自身はそれほど歯並びについて心配はしていませんでした。初診時12歳8ヵ月。
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顔貌所見
口唇閉鎖時の口腔周囲の緊張感や側貌における突出感は軽度で、顔貌に対する矯正歯科的な問題点は顕著ではありませんでした。
口腔内所見
上顎は前歯部に左右側切歯(2番)の口蓋側(歯列の内側)転位と犬歯の捻転による叢生を認め、下顎は前歯部に軽度の叢生を認めました。歯の生え変わりは、上顎の左右第2乳臼歯(E)が残存し、第2大臼歯は未萌出、下顎の乳歯は全て永久歯に生え変わり第2大臼歯が萌出途中の状態でした。大臼歯関係に前後的なズレは認めずアングル分類のI級でした。下顎左右第1大臼歯(6番)はすでにむし歯の治療(レジン充填)が行われていました。
X線写真所見
頭部X線規格写真(セファロ)により、上顎骨に対して下顎骨はやや前方に位置する傾向を認めるものの正常の範囲内でした。上下顎骨の歯の並ぶ前後的な奥行きはそれほど無く、成長に伴い叢生が改善してくことはあまり期待できないと感じました。
パノラマX線写真では、上下顎左右に第3大臼歯(親知らず)の埋伏を認め、上顎左右Eはまもなく脱落し、後続永久歯の第2小臼歯はまもなく萌出してくると予想しました。手根骨X線写真では種子骨が現れ始めていてまもなく成長のピークがやってくると考えられました。
唾液検査・歯周組織検査
唾液検査では、むし歯の原因菌であるミュータンス菌がやや多いものの、歯の磨き残しが少なく、ラクトバチラス菌も少なく、唾液の量も多く、むし歯を予防することは可能であると考えられました。また、歯肉からの出血が臼歯部から認められる事から成長とともにリスクが上昇する歯周病に対しても現在の年齢から注意を払う必要があると考えられました。
特記事項
特記事項はありませんでした。
■経過観察治療方針
診断は大臼歯関係Angle class I・叢生歯列としました。
分析により叢生が軽度であることから、まずは経過観察により歯の生え変わりと成長の変化を確認することとしました。将来、叢生を改善するために矯正装置を装着する事で歯が磨きにくくなり、むし歯と歯周病のリスクが高まるため、矯正治療開始前の経過観察時期からむし歯と歯周病の予防やメインテナンスが必要である事を説明し、徹底したPMTC(歯科衛生士による歯面クリーニング)によるむし歯と歯周病の原因菌の塊であるバイオフィルムの破壊、歯肉炎が始まっているので、歯と歯肉の間のクリーニングも行うこと、永久歯の萌出に伴い叢生が強くなることで歯が磨きにくくなるのでフッ素の使用法やブラッシング方法の指導などを中心とした家庭での口腔衛生管理方法も身につけていただくように担当衛生士が指導する初期治療を行う事としました。
初期治療後は、むし歯と歯周病のリスクが減少した事を確認し、永久歯が生え揃うまで2~3ヵ月おきの経過観察とメインテナンスを行うこととしました。
■ 動的治療開始時 13歳5ヵ月
矯正歯科検査結果
経過観察期間中の成長変化を評価し、非抜歯による矯正治療と抜歯による矯正治療の方針が可能であると判断し、両方針のメリットでメリットについて保護者とKさん本人に説明しました。
非抜歯による矯正治療の場合、歯を動かす動的治療期間は12~18ヵ月で短くできるメリットがあるものの、現在より上下顎前歯が唇側に傾斜し歯列が拡大することで口唇の突出感や口唇閉鎖時の緊張感が現れる可能性が高い事、下顎7番(第2大臼歯)が萌出しても遠心部が埋伏して将来的にむし歯や歯周病のリスクが高くなる可能性があることを説明しました。
小臼歯抜歯の矯正治療では、抜歯したスペースを閉鎖しなければならないため非抜歯の矯正治療に比べて期間が長くかかり、約30ヵ月必要であるものの、前歯を突出させずに叢生を改善でき、大臼歯も前方に移動できるので下顎7番(第2大臼歯)遠心部が歯肉に埋まることはなく、むし歯や歯周病のリスクコントロールは行いやすい口腔内環境をつくれること、叢生の根本的な原因である歯の大きさと顎の大きさの不調和を改善できるため後戻りがしにくいことを説明し、当院の方針としては抜歯による矯正治療をお勧めしました。ご家族で相談された結果、小臼歯抜歯による矯正治療を希望されました。
唾液検査・歯周組織検査結果
経過観察期間中に、むし歯と歯周病の全体的なリスクは減少しましたが、経過観察期間中に萌出してきた下顎7番の咬合面にはプラークがたくさん蓄積し、わずかに脱灰が進み変色し初期のむし歯となってしまいました。従来の歯科医療では早期発見、早期治療としてこのようなむし歯は削って修復材を充填する処置が一般的ですが、むし歯のリスクが経過観察期間にコントロールされて低くくなっていることから、今後は7番を局所的に注意して、むし歯の原因菌を除去するクリーニングを行うことで、むし歯の進行は抑制できると判断し歯を削る処置はせず経過観察としました。
■初診時と動的治療開始時のむし歯のリスク比較
■初診時と動的治療開始時の歯周病のリスク比較
顔貌所見
装置装着時(動的治療開始時)
小臼歯抜歯後に動的治療を開始しました。
■動的治療終了(16歳2ヵ月)から保定終了(19歳2ヵ月)まで
動的治療期間および保定期間
動的治療期間は約31ヵ月でした。この間の調整回数は31回、平均的な来院間隔は1.0ヵ月でした。無断キャンセルなどによる長期の中断などはありませんでしたが、臼歯関係を安定させるために使用した顎間ゴムの協力が得られず少し時間がかかりました。
保定期間は24ヵ月を予定していましたが、途中来院が10ヵ月ほど途絶えてしまったので35.5ヵ月間となりました。保定期間中に5回リテーナーのチェックとメインテナンスを行いました。上顎の取り外し式リテーナーは保定期間最初の1年間は24時間使用、それ以降は就寝時のみ使用と指示し、下顎は接着型の保定装置を使用しました。
顔貌所見
動的治療後の評価では鼻骨と下顎骨の成長、上下顎前歯の後退により側貌における口唇突出感や口唇閉鎖時の緊張感は認めず、口元の良好なバランスを得ることが出来ました。
保定終了時の評価では、成長が落ち着き、動的治療により変化した歯の位置や口元のバランスに大きな変化を認めず動的治療後も安定していることが確認できました。
動的治療開始時 → 保定開始時 → 保定終了時
口腔内所見
動的治療後の評価では叢生は改善され、上下左右の臼歯関係はアングル分類I級で咬合平面は平坦化し上下顎すべての歯が均等に噛めるバランスを得ることが出来ました。
保定終了時の評価では、安定した咬合は維持されていて大きな変化を認めませんでした。
動的治療開始時 → 保定開始時 → 保定終了時
X線写真所見
動的治療後の評価では、パノラマX線写真所見において、明らかな歯根吸収や歯槽骨吸収などを認めませんでした。わずかに上顎2番、3番の歯軸の平行性のコントロールが不十分でした。8番(親知らず)は徐々に萌出してきている事を確認しました。セファロX線写真の重ね合わせにより上顎前歯の後退と、大臼歯が近心に移動して抜歯スペースが閉鎖した事がわかります。また、鼻骨の成長により鼻が高くなり下顎骨の成長によりオトガイ部が明瞭になってきました。
保定終了時の評価では、パノラマX線写真所見において歯軸の平行性の改善が認められました。8番は萌出してきて抜歯が必要な時期になりましたので抜歯を行いました。セファロX線写真の重ね合わせでは、動的治療終了時と保定終了時で大きな変化がなく、矯正歯科治療によりつくられた歯並びが骨格や軟組織と調和し安定していることが確認できました。
パノラマX線写真
動的治療開始から保定終了までのセファロの重ねあわせ
■ う蝕(むし歯)と歯周病のトータルリスク比較
う蝕のトータルリスク比較
う蝕のリスク合計は経過観察開始時唾液検査「12」→動的治療開始時「4」→保定開始時「2」→保定終了時「2」と減少し安定しました。これは、歯の磨き残しであるPCRやフッ素の使用状況の改善によりう蝕の原因菌が減少しリスクが減少した事、接触する歯の本数が増加しかみ合わせが安定した事により咀嚼能率が高まったことに加え、成長により唾液の分泌量が増加した事による影響と考えられました。
歯周病のトータルリスク比較
歯周病のリスク合計は経過観察開始時唾液検査「5」→動的治療開始時「2」→保定開始時「2」→保定終了時「1」と減少し安定しました。初診時から歯周病のリスクは低いのですが、矯正治療中や治療後に歯周病の進行は認められませんでした。20代の後半から歯周病のリスクは加速度的に上昇していくので保定終了後もメインテナンスを継続する事で、歯周病のリスクを低い状態で維持する予定です。
むし歯と歯周病のトータルリスクの変化
PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)
- PCR(むし歯と歯周病の原因菌の付着を示す歯の磨き残し)
- BOP(歯周病の原因菌による炎症を示す歯肉からの出血)
- 4mm以上の歯周ポケット
(歯周ポケットが4mm以上になると歯周病の原因菌による歯槽骨の破壊)
5分間刺激唾液分泌量の比較
5分間の刺激唾液量
第2大臼歯(7番)のう蝕の変化
経過観察期間中に萌出してきた下顎7番の咬合面にはプラークがたくさん蓄積し、わずかに脱灰が進み変色し初期のむし歯となってしまいましたが、むし歯の原因菌を除去するクリーニングを行うことで、むし歯の進行は抑制できて保定終了まで歯を削る治療は必要ありませんでした。
< 動的治療開始時 13歳5ヵ月 >
7番に初期の脱灰(むし歯)による黒い変色を認める
< 動的治療中 14歳5ヵ月 >
7番のむし歯の進行は徹底したPMTCや歯磨き指導で停止している
< 保定開始時 16歳3ヵ月 >
7番のむし歯の進行は徹底したPMTCや歯磨き指導で動的治療後も停止している
■ 考察
本症例のKさんは症例紹介22のYさん、症例紹介27のMさん同様に叢生の程度は軽度で非抜歯による矯正治療も可能ですが、矯正治療後も長期にわたり安定すること、無理に非抜歯による矯正治療を行った場合症例紹介7のAさんのように矯正治療後に口元の突出感や口唇閉鎖時の緊張感が残るような前歯の突出や歯列の拡大が残り、将来抜歯による再矯正治療を行わなければならなくなる可能性もある事から、抜歯による矯正治療と非抜歯による矯正治療の2方針を提示し、メリット、デメリットを説明し抜歯による矯正治療をお勧めしました。その結果、矯正治療後にきれいな歯並びと口元だけでなく、後戻りもせずに安定させることが出来ました。
また、むし歯のリスク検査の結果、むし歯の原因菌は少なく唾液の分泌量も多かったことから定期的なメインテナンスを受けむし歯の原因である細菌の塊バイオフィルムをPMTCなどで除去し、家庭と診療室でのフッ素の使用が充分に出来ればむし歯は進行しないと考えました。下顎左右7番は経過観察中に歯ブラシが届きにくく磨き残しによりすぐに咬合面が初期のむし歯により黒くなってしまいましたが、その後徹底したPMTCと家庭と診療室でフッ素を使用する事により歯を削らずにむし歯の進行を抑制できました。
Kさんが当院に来院されたのは12歳になってからですが、当院に来院される以前に6番(第1大臼歯)はむし歯の治療のためにレジン(白い詰め物)が充填されています。このレジン充填と歯の境目からむし歯が進行する可能性があるため、当院であれば6番にう触が見つかった時点でも歯を削って詰めるのではなく定期的なメインテナンスでむし歯の原因を除去してむし歯の進行を抑制し、歯を削らずにすんだであろうと思われました。したがって、Kさんが乳歯列の頃から通院してくれていれば進行するむし歯のないお口の中を作れたかもしれません。
歯を抜いて矯正することも、黒くなったむし歯をメインテナンスで進行を抑制することもすぐに結果は出ず、患者さんにはその治療方針が理解しづらいものですが、患者さんの生涯を通して歯を守るためには理解していただく必要があります。理解していただければきれいな歯並びと歯を守れる自信があると理解していただくには、繰り返し伝えることが必要だと改めて認識できた症例でした。
永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安
- 治療内容
- オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
- 治療に用る主な装置
- マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
- 費用(自費診療)
- 約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額 - 通院回数/治療期間
- 毎月1回/24か月~30か月+保定
- 副作用・リスク
- 矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。