初診時の診断:「中立咬合 矮小歯および先天欠如を伴う叢生歯列」
今回は、永久歯の先天的欠如と歯が先天的に小さい矮小歯を有する症例の治療解説です。現在、永久歯の先天欠如を有する患者さんは増加していて約1割の方に先天欠如が存在すると報告されています。患者さんは私と同じ歯科医のA先生で専門は口腔外科です。A先生も長年にわたり永久歯の先天欠如に対して矯正治療が必要なことは理解していたものの、なかなか治療には踏み出せずにいましたが当院で治療をおこない良好な経過となっています。
■初診時
現症および主訴
前歯部の叢生、部分的な反対咬合、下顎左側中切歯(左下1番)の先天欠如と下顎左側乳中切歯(左下A)の晩期残存。初診時31歳。
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顔貌所見
正貌における明らかな非対称性や、側貌における口唇の突出感、口唇閉鎖時軟組織の緊張感は認めず、顔貌における硬組織と軟組織の不調和や審美的な問題は認めません。
口腔内所見
骨格的に明らかな問題は認めないものの上顎前歯がやや舌側に傾斜し叢生(乱杭歯)を呈し側切歯部の反対咬合を認めます。左下1番の欠損により左下Aの晩期残存を認め左下Aは変色しています。また、左右上2番は正常な歯のサイズより小さい矮小歯のためレジン(歯科用のプラスチック)により形態修正がおこなわれています。低位舌を認め咬頭嵌合はやや不安定な傾向を認めました。
矮小化した上顎左右側切歯(左右上2番)
晩期残存した下顎左側乳中切歯(左下A)
特記事項
全身的な疾患や顎関節症などはありませんでした。
■ 治療方針
叢生の原因は顎骨に対して歯が大きすぎることが主な原因です。改善の方法としては抜歯をして顎骨内にスペースを確保する方法、上顎前歯を唇側に傾斜させて歯列の拡大をしてスペースを確保する方法が考えられます。本症例では低位舌により上顎前歯がやや舌側に傾斜していること、叢生の程度は軽度であったこと、叢生の改善のために上顎前歯を唇側に傾斜しても口唇周囲軟組織のバランスが悪化しないと予測したことから上顎は非抜歯、下顎は左下Aの抜歯によりスペースを確保し下顎前歯の叢生を除去し下顎前歯を舌側に後退させ抜歯スペースを閉鎖する方針としました。
左右上2番の形態異常に対しては動的治療後にレジンやポーセレンラミネートベニヤなどで形態修正をすることとしました。抜歯部位が変則的であることから上下の歯のサイズが合わない可能性がありますので予測模型によりサイズを確認しました。治療期間は約24ヵ月を予定しました。
A先生は歯科医師ですが他の患者さんと同様に唾液検査・歯周病の検査をさせていただき、むし歯と歯周病のリスクも調べリスクを減少させる初期治療はご自身の医院でおこなってもらいリスクが減少してから矯正治療を開始しました。
■ 動的治療開始時
左下Aの抜歯をおこなってから上下に矯正装置を装着して治療を開始しました。
■ 治療結果
動的治療期間
動的治療期間は約23ヵ月でした。調整回数は24回、平均的な来院間隔は1.0ヵ月で遅刻やキャンセルもなく治療に対して非常に協力していただけました。
顔貌所見
左下Aの抜歯により下顎前歯が後退したことで前歯部の被蓋関係が改善し口唇は僅かに後退しました。
口腔内所見
前歯部の被蓋は正常な被蓋となり、叢生は改善されました。上下で歯数が異なるため上顎歯列正中と右下1番の中心が一致する変則的な仕上がりですが咬合は安定しました。
X線写真所見
X線写真所見では、明らかな歯根吸収などを認めず歯根も平行に配列されています。セファロX線写真の重ね合わせにより下顎前歯が後退し上下口唇の突出感が改善し側貌における硬組織と軟組織のバランスが改善したことを確認できました。
初診時 予測模型 動的治療後の比較
う蝕のトータルリスク比較
歯周病のトータルリスク比較
PCR、BOP、4mm以上の歯周ポケットの比較(%)
■ 考察
本症例は、歯の形態や歯数に問題がなければ叢生症例(乱杭歯や八重歯)になったであろうと予想され、治療法としては上下顎左右第1小臼歯の抜歯が第1選択となる症例です。しかし、上顎側切歯(左右上2番)が矮小歯であることから上顎の叢生は軽度となり、下顎は舌癖により下顎前歯が唇側に傾斜し叢生が軽度になるものの部分的な反対咬合が発生しました。
また、下顎左側中切歯の先天欠如により、小臼歯の抜歯はおこなえないので先天欠如のスペースをどのように閉鎖するか、もしくは人工の歯で補うのか(補綴処置)を考えなければいけない症例です。そこで顔貌との前歯のバランスを考慮して下顎前歯を舌側に移動しながらスペースを閉鎖すること、左右上2番が矮小歯であったため上下の歯のサイズを合わせることが可能であるため変則的な抜歯部位で治療をおこないました。
このような症例では、矯正治療開始前の予測模型で十分に治療計画を検討すること、患者さんに治療の仕上がりが変則的になることを理解していただくことが重要になります。本症例でも予測模型を用いた分析により変則的な抜歯部位でも安定した咬合を獲得し、患者さんの理解を得ることができました。
唾液検査と歯周精密検査によるう蝕(むし歯)と歯周病のリスクは、初診時の状態で高くないものの、初診時・矯正治療終了時を比較するとう蝕のトータルリスクは13→9、歯周病のトータルリスク8→3に減少し、5分間の刺激唾液分泌量は8ml→9mlに増加しました。
A先生は歯科医ですので予防歯科の知識も十分にお持ちですが、ご自身のブラッシングによるセルフケアだけではむし歯と歯周病の原因であるバイオフィルムの完全な除去はできずリスクコントロールが不十分になります。また、かみ合わせが不安定な状態では十分に咀嚼ができず唾液の分泌量(抗菌や再石灰化作用)も低下し口腔衛生状態の低下につながります。矯正歯科治療中の徹底したバイオフィルム除去を目的としたクリーニングと歯並びと噛み合わせの改善により、見た目が美しいだけの歯並びではなく、むし歯や歯周病のリスクも減少した口腔内に変化したと考えられました。左右上2番の形態修正は今後A先生の判断でおこなう予定で、当院ではリテーナーの管理とメインテナンスをおこなっています。
永久歯の矯正治療(Ⅱ期)の目安
- 治療内容
- オーダーメイドのワイヤー矯正装置で治療を実施します。(スタンダードエッジワイズ法)
- 治療に用る主な装置
- マルチブラケット装置、症状により歯科矯正用アンカースクリューを用いる場合もあります。
- 費用(自費診療)
- 約1,280,400円~1,472,900円(税込)
※検査料、月1回の管理料等を含む総額 - 通院回数/治療期間
- 毎月1回/24か月~30か月+保定
- 副作用・リスク
- 矯正装置を初めて装着後は、歯を動かす力によって痛みや違和感が出たり、噛み合わせが不安定になることで顎の痛みを感じる場合があります。
歯を動かす際に歯の根が吸収して短くなる、歯ぐきが下がる場合があります。
治療中は歯みがきが難しい部分があるため、お口の中の清掃性が悪くなってむし歯・歯周病のリスクが高くなる場合があります。
歯を動かし終わった後に保定装置(リテーナー)の使用が不十分であった場合、矯正歯科治療前と同じ状態に戻ってしまうことがあります。 ・
長期に安定した歯並び・噛み合わせを創り出すために、やむを得ず健康な歯を抜く場合があります。